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経済発展は農業を正しい方向に導くだろうか

  •  経済発展により農作物に対する需要は増加します。これはインドネシアなどASEANにおける人口増加型の経済成長のような直接的な消費量の増加も一例ではありますが、それ以外にも食の洋食化に伴う特定青果物需要の高まり(例えば、経済発展と共にトマト、レモン(シトラス系)、ガーリック、マッシュルームの需要は急増)や、一人あたりの摂取カロリーの増加に伴うグラムあたりカロリーが高い、自給自足の時には食されていなかった多様な野菜への需要増、また輸送網の整備やモダンリテールの増加、中食・外食の発達も野菜・フルーツの換金性を高め、こうした複合的な理由から青果物需要は増加しています。
  •  では、経済発展により、貧困が集中していた農村地域は豊かになるのか。農作物需要が増し、商品作物として換金性も高まり、輸送網も整備されてアクセス可能な市場が増えることで、農家の所得が上昇し、経済発展の恩恵を農家が享受するシナリオが当然のものように思えます。が、実態は違います。
  •  実際に起きていることは、農地拡大や肥糧・農薬の乱用による環境破壊、農業の生産性向上スピードが他産業に劣後することによる所得格差と余儀なく増える出稼ぎ労働による農村コミュニティの荒廃、また農業所得向上をもたらすとされた偽りの「近代農業」(肥料、農薬、F1種ほか)による農業所得の圧迫、組織化されていない零細農家が資本力なる中間流通・小売に収奪される構図です。
  •  以下、3つのパートに分けて、図表を交えながら詳述します。
  • 経済発展に伴う、農業と環境破壊
  •  生産性を高める手段・知識を農民が有しない場合、需要増加に対し応えようとする生産量増加の試みは、野放図な農地拡大による森林破壊や、「農業の近代化」と称して農薬・肥料が導入された結果、無計画な乱用を促し、結果として土地の活力を奪うと共に、水質汚染に繋がります(例えば、過度な肥料は土中の成分濃度を急激に著しく変え、結果として微生物層が弱体化し、植物に必要な成分を保留する土の緩衝能が弱まります。この結果、肥料をより多く施用しないと植物体に届く肥料の量が減ってしまう状況となり、このことが肥料を更に増やして、また微生物層を傷つけて土の緩衝能が弱まり・・・という悪循環を生みます。また、土の肥料成分の保留効果が弱まったことで、地下水への肥料成分の流出量が増え、例えば窒素成分、深刻な水質汚染に繋がるのです)。
  •  以下、幾つかのスライドを通じて、このことを示したく思います。
  •  1961年から2009年にかけての、タイにおける森林面積と農地面積の推移を見ています。タイ固有の事情もあって森林面積の減少を全て農地拡大に求めることはもちろんできませんが、それでも、1961年から1990年半ばまで森林が減って農地が増える関係にあることが見てとれます。
  • 農地拡大と森林破壊
  •  以下のスライドは、1961年に比べて、2009年に収穫面積あたりの収穫量が何倍になったのか、また、同期間に収穫面積あたりの投入した肥料の量が何倍になったのかをグラフにしたものです。面積あたり収穫量が2.3倍になるという素晴らしい伸びを示す一方で、同・肥料が49.1倍と何かおかしなことが起きていることが一目でわかります。
  • 収量増加と投入肥料量の増加の比較(2009年対1961年)
  •  以下のスライドは、1961年を100としたときの時間の推移で診たものです。時間軸上で観ると、収穫量が低空飛行を続ける中、投入肥料量が劇的に伸びているのがわかります。見方を変えれば、年々、肥料の量を増やさないと、収穫量を維持できないことを示しているともいえます。
  • 1961年以降の収量と投入肥料の推移
  •  最後に、気になる中国について。1992年から2007年にかけて、野菜の消費量、輸出量、播種面積あたりの農薬使用量について診ています。中国経済が大躍進した同期間ですが、この期間に中国は今や世界の一国で約半分の野菜を消費し、また余剰野菜を輸出。世界二位のスペインに二倍以上の差をつけて断トツの一位。一方で、同期間に農薬使用量も4.8倍。安価な中国野菜はアジア圏を中心に各国市場に浸透していますが、一方で、農薬汚染の不安も増加しています。また肥料については載せていませんが、肥料投入も同様に伸びていることが推察され、GMプラントにも積極的なことを考えると、数年後に連作障害や”想定外”の不作で食糧不安になってもおかしくない状況にあるといっても過言ではないかもしれません。
  • 1992年から2007年にかけた中国の野菜消費、輸出、農薬使用量の変化
  • 圧迫される農業所得
  •  投入する肥料・農薬の量が収穫量の改善とアンバランスに劇的に増えたことで、農業における収穫量あたりの必要投下資金が増加し、農業における事業リスクは拡大しています。収量は少ないものの、外部からのインプットが少ない伝統的な農法は不作リスクはありましたが、それでも現在の”近代農業”と違って肥料・農薬費用を用立てる為の現金ニーズはありませんでした。
  •  現在は、この現金ニーズが市況が悪くとも農家が現金確保のために農作物を売却せざるを得ず、市況の更なる暴落を招く状況の間接原因となったり、また現金ニーズの為に出稼ぎに行かざる得ず、結果として、農村コミュニティの荒廃にも繋がっています。
  •  外部からのインプットが増していることで、借金漬けの農家が増え、一農家あたりの借金額も急増している。今や、借金無しに農業を営むことができず、農業の事業リスクは極めて高い
  • タイ農家における借金の状況
  • 埋まらない経済格差、改善しない農村地域の貧困
  •  「農業の事業リスクは増大、でも農業所得は劇的に改善」となっているでしょうか?
     タイは1961年以降、一人当たりGDPは35倍に増加し、今や中進国の仲間入りを果たしたとされていますが、果たして農村地域においても同様の状況でしょうか。
  •  残念ながら、平均値としての世帯所得こそ改善していますが、農家一人あたりの所得額を観るに、多くの農業世帯において未だ絶対貧困レベルを脱していません。むしろ都市部との経済格差が広がり、政情不安*や、”中進国”ラベルが貧困の実態を覆い隠してしまう怖れがあります。
  • * 先のタクシン派と反タクシン派の衝突時に、タクシン派のデモ参加者が北部・東北部の貧しい農村地域出身者がデモ参加に対する”日雇い労働者”として雇われていたことはよく知られています
  •  タイにおける、1986年から2009年にかけての農業従事者(自作農)と、事務・販売・サービスに携わるホワイトカラーの世帯所得の推移(それぞれのグループは、タイ国の世帯全体の20%を占める)。自作農世帯の所得は急増しているが(ここでは触れないが、統計数字が実態以上に作られている可能性あり)、それでも2009年の自作農世帯の所得水準は約20年前のホワイトカラー世帯の水準に達したに過ぎない(もっとも、ホワイトカラー世帯もその後10年間、所得が伸びない時期があった)。
  • タイにおける農家とホワイトカラーの所得比較(推移)
  •  1日あたりの世帯所得額を平均値で見れば、自作農も12USドルを超え、確かに中進国と言える水準。但し、農業世帯は家族数が多いので一人頭に換算し、かつ平均値ではなく、構成を診てみると、依然一日1USドル以下の絶対貧困とも言える層が4人に1人いることが分かる。
  • タイの農家の4人に1人が1日1ドル以下という事実
  • コラム: 『タイ国公表統計における嘘について』